ご安全に、という挨拶の意味

現場でよく耳にする「ご安全に」という挨拶、あれって実はJFEグループから始まったものらしいんですよね。私も最初は聞いたことがなかったんですけど、今では建設業界全体に広がっていて、朝礼の締めにも使われています。

うちの社内でも、週の始めに「今週も一週間ご安全に」なんて挨拶することもあって、ちょっとした業界文化みたいなものになってきている気がします。

「行ってきます」に込められた祈り

雑学っぽい話なんですけど「行ってきます」って言葉、昔は「行って帰ります」って言っていたそうです。それが簡略化されて今の形になった。でも「来ます」っていう字が含まれているのって、実は「必ず帰ってきます」という意味を込めていたからなんですよね。

遠出が今よりもずっと大変だった時代、大切な人への約束としての意味があったんです。そう思うと、なんかこの言葉の重みが変わって感じられますよね。

好きな挨拶「シャローム」

挨拶つながりで言うと、私が一番好きなのが「シャローム」って言葉なんです。ヘブライ語で「あなたの心に平安がありますように」っていう意味があって、なんか素敵だなって思っていて。

馴染みはないかもしれませんけど、別れるときに「お元気で」っていうようなニュアンスで使われるそうなんです。語感もいいし、なんとなく日本語っぽくも聞こえて、響きも気に入ってます。

ユダヤ文化と神社の共通点

私の母方の実家が神社でして、子どもの頃から神社の構造を目にする機会が多かったんですけど、実はこれがユダヤの古代礼拝スタイルとそっくりらしいんです。鳥居、手水舎、灯篭、拝殿、そして最奥にある至聖所のような場所。これが幕屋と呼ばれるユダヤ教の礼拝所と非常に似ているんです。

歴史的な裏付けはともかくとして、文化的なつながりを感じるとワクワクしますよね。だからユダヤの文化、私好きなんですよ。

先代への感謝と反省

ここ最近、ふとした瞬間に先代、つまり義理の父のことをよく思い出すようになりました。私は2010年に入社して、2018年から代表になって今でちょうど7期目になります。

創業者である先代が築いてきた歴史に改めて向き合うと、その偉大さに気づかされます。お金も信用もない中で、リヤカーを引きながら会社を立ち上げて、病気とも戦いながら社員やお客さんと向き合い続けた人生。やっぱりすごいことだと思います。

外から来た自分が感じたズレ

私が入社したのは社会人10年目のタイミングでした。前職での経験もあって「こうした方がいい」「これは変えた方がいい」と思うこともあったんです。でも、それをそのまま押し通すと、既存の文化や社員の思いを壊してしまうかもしれない。

特に、自分の中にある“正しさ”が、会社全体にとっても正しいかどうかはまた別の話ですから。だから、何かを変えようとする時には、必ず悩みましたね。

理屈と直感、ふたりのスタイルの違い

先代はとにかく直感派で、決めたらすぐに動く。迷いがない。もう一発勝負で行くんですよ。私はというと、どちらかというとロジカルに考えるタイプで「なんでこれをやるのか」「どうしてこういう行動になるのか」を説明して納得してもらってから進めたい。

でも、父にはそのプロセスがなくて「これだ!」ってなったらもう、それが正解。すごいなって思う反面、戸惑いもありましたし、文句も言ったりしてました。

承継の意味と成功者としての父

とはいえ最終的に事業承継までやりきったっていうのは本当にすごいことじゃないですか。

会社って10年、20年続けるのすら難しいのに、自分で立ち上げて多くの困難を乗り越えて、最後にはしっかりバトンを渡すところまで持っていった。私自身の努力はさておき、父は“成功者”だったんじゃないかなって思います。

社員への思いを受け継ぐ

建物も変わっちゃったし、組織体制も変わって、目に見える“形”としての文化は残っていないかもしれない。でも、社員に対する思いっていう“心”の部分は確実に引き継いだと思ってるんです。

父は、夜遅くまで働いてる社員におにぎりを出してあげたり、体調が悪い中でも会社に残って社員と向き合っていたり、そういう人だったんです。

私も、なるべく朝は社員が現場に行く前に「行ってらっしゃい」を言いたいし、帰ってきたら「お疲れ様」って声をかけたいと思ってます。実際には出張やら外出やらで、全部はできないんですけど、それでもそういう気持ちは持ち続けたいなと思ってるんです。

経営の中でアップデートしたこと

経営を引き継いでから、変えてきたこともあります。まずは社内の制度面ですね。安全や健康に関する取り組みを強化して、資格者をちゃんと配置したり書類を整備したり、法的にも社会的にもちゃんとやれる体制にしてきました。

それから会計の部分も。先代の時代は“どんぶり勘定”って言うと語弊があるかもしれないけど、すごく感覚的だったんです。「この現場は儲かった」「この現場は厳しい」っていうのを肌感覚で判断してた。でも、今はそれを数値で見える化して社員にもわかるようにすることで納得感をもって進められるようにしてきました。

変えていい部分、変えてはいけない部分

やっぱり先代が築いてきた会社を引き継ぐって、本当に難しいことなんですよね。でも、社会も業界も変わっていく中で、そのままじゃ立ち行かない部分もある。

だから、変えるべき部分は変える。でも、残すべき文化や想いは残す。そのバランスをとることが、今の私の役目なんだろうなって思っています。

会社の“図鑑”として残していく

本このラジオで話してる内容って、もしかしたら「岡田電気工事ってこういう会社だよ」っていう一種の“図鑑”になるんじゃないかなと思ってます。堅くない感じで、でもちゃんと中身が伝わるもの。

誰が聞いても「ああ、こういう考えでやってるんだな」とか「こんな想いがあるんだな」ってわかるような場所。そんなふうにこのラジオが育っていけばすごく嬉しいです。

今回は、ちょっと先代のことを思い出して、つい長く語ってしまいました。今後もこういうテーマで話していく機会があったらいいなと思ってますし、また思い出したら、語らせてください。

それではみなさん、今日もご安全に。